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神戸地方裁判所 昭和33年(行)19号 判決

原告 野田博

被告 兵庫県知事 外一七名

訴訟代理人 木虎金次 外二名

主文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

「申立」

原告訴訟代理人は、

(一)  兵庫県知事を除く被告等は原告に対し、別紙目録記載の土地につきその被相続人枡本みわのためなされた昭和二十三年十二月二日附自作農創設特別措置法第十六条の規定による売渡を原因とする神戸地方法務局西宮出張所昭和二十六年九月十四日受付第一〇、〇八二号の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  被告枡本光春及び被告兵庫県知事の関係において、別紙目録記載の土地の中四畝一歩につき、昭和三十二年十月二十九日なされた農地法第三十九条による売渡処分は無効であることを確認する。

(三)  兵庫県知事外の被告等は原告に対し、別紙目録記載の土地につき、地上に生立せる農作物を収去の上これを明渡せ。

(四)  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、被告等は主文同旨の判決を求めた。

「請求原因」

原告訴訟代理人は、請求原因として、

一、別紙目録記載の本件土地は原告の所有であつたが、自作農創設特別措置法第三条の規定により、西宮市農地委員会の樹立した第六次買収計画に基き、昭和二十三年二月二十一日より同年三月一日までを縦覧期間として右計画を公告した上、同年三月一日兵庫県農地委員会の承認を得て同年三月二日附の買収令書をもつて兵庫県知事はこの土地の買収処分をした。右土地の内四畝一歩については昭和三十二年十一月一日を売渡期日とする売渡通知書が被告枡本光春に対し同年十月二十九日交付されて売渡処分がなされた。

二、右買収処分は、

(イ)  自作農創設特別措置法第八条の規定によれば、買収計画に対する異議、訴願の申立があつたときは、それがすべて解決した後に或いは異議訴願がないときでも少なくとも異議訴願の申立期間満了後承認の申請をなすべき旨定めている。本件土地の買収計画の異議申立期間の末日は昭和三十三年三月一日であるから右法律第七条の訴願申立期間の末日は同年三月末日でなければならぬ、従つて買収計画承認の時期は右三月末日以後でなければならないのに右のとおり同年三月一日であるから右承認は無効な承認であり、かかる無効な承認に基く買収処分はそれだけで無効である。

(ロ)  本件土地は阪神国道に北接してをり、北側は買収当時アサヒビールの工場に接し、西側も全部住宅地で、極めて宅地的要素が多く、右法律第五条第五号に「近く土地使用の目的を変更することを必要とする土地」に属し、かかる土地については同法第三条による買収計画を樹立するに当つて市町村農地委員会は、都道府県農地委員会の承認を得て同法第五条第五号の指定をした上、これを買収の目的より除外すべきものである。このような土地であるのに西宮市農地委員会は同法第五条第五号の指定を行わず買収計画を樹立したことはその立法の趣旨に反し違法である。

(ハ)  のみならず本件土地の中南部(仮に被告枡本光春に売渡されたる部分)四畝一歩は、買収の際は小作地ではなく、純然たる宅地として原告が地盛をしていたもので、その一部を西宮市に対し使用貸借契約により貸与したこともあり、この部分が、昭和三十二年に至つてはぢめて売渡処分がなされたことに徴して明かである。従つて仮に買収処分をするにしてもこの部分を除外し、残地一反二畝二十七歩を分筆した上この部分のみを買収すべきに拘らず一括して全部の買収をしたことは違法である。

等の理由によつて違法であり、その違法は買収処分を無効とするものである。

三、以上のとおり本件土地につきなされた買収処分は無効であるから、原告は先に国を被告として、買収処分の無効確認と国のための所有権取得登記の抹消登記手続請求の訴を提起した。

(イ)  しかして、昭和二十三年十二月二日附の自作農創設特別措置法第十六条の規定による売渡を原因とする神戸地方法務局西宮出張所昭和二十六年九月十四日受付第一〇、〇八二号をもつて被告枡本光春外十六名の兵庫県知事を除く被告等の被相続人亡枡本みわに対し所有権取得登記がなされたのであるが、その原因として記載する昭和二十三年十二月二日附自作農創設特別措置法第十六条による売渡処分なるものは存在しなかつた。(原告所有地で同年十二月二日附で亡枡本みわに売渡処分されたものは西宮市津門飯田町十七番一反二畝二十七歩というのがあるだけである。)仮に飯田が誤記で本件土地を指すとしても売渡されたものは一反二畝二十七歩だけであるし、その何れの部分を売渡されたか明示されていないのであるから、右登記は原因を欠き無効である。枡本みわは昭和三十一年六月十八日死亡し別紙に記載したとおり被告等が相続をしたので、同被告等に対し右登記の抹消を求めると同時に現在何れの被告が何れの部分を占有するか不明確であるから同被告等全員に対し、該土地の明渡を求める。

(ロ)  次に本件土地の中四畝一歩に対する売渡は、その部分が明示されていないし、右部分は既に宅地としての形態を備え、西宮市がその中の一部を野田川改修工事現場詰所及び材料置場として建物を建築するために使用したくらいで、全然農地ではないのであるから、買収をなすべきではないのである。仮に買収が有効であるとしても農地法第八十条第一、二項の規定により原告に売戻すべき筋合であるから、その売渡処分も無効である、その無効の確認を求める。

四、被告の主張に対して、被告兵庫県知事主張のとおり大阪高等裁判所及び最高裁判所において、それぞれ判決があつたことは認める。又原告は売渡処分の無効が確認されゝば農地法第八十条第二項により元の所有者である原告に売戻を受ける筋合であるからその無効確認を求める利益がある。

と述べた。

「答弁事実」

被告兵庫県知事の指定代理人は、

一、原告主張の請求原因事実中、一、に記載した事実は認める。

二、本件土地の買収処分は適法且つ相当であつて違法ないし無効原因は存在しない。しかも本件土地の買収処分については本件原告が原告となり国を被告として所有権確認請求訴訟が提起され、該事件は、第一審請求棄却、第二審控訴棄却、上告審は上告棄却によつて第一審判決は確定した。このように買収処分が適法有効である限り売渡処分の無効を主張することは当らない。

三、原告は本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しない。すなわち

(イ)  旧所有者は農林大臣に対し農地法第八十条第一項の認定を求める権利はない。農地法第八十条第一項は、農林大臣が管理する土地、立木、工作物又は権利(以下土地等という)について政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令の定めるところによりこれを売払い、または所管換、所属替をすることができる旨の規定であつて、農林大臣はこの規定に基き、その管理している土地等について、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供するのが相当か、それとも供しないのが相当か、その認定をすることができ、農林大臣はこの規定をするについては農地法施行令第十六条に定める土地等について政策上の考慮に基づきその裁量によつて判断するのであり、しかもその認定は単なる内部的行為であり、何ら対外的な効果をもつるのではないから、旧所有者からその認定を求めることはできないし、また法は農林大臣に対しその認定を求めることも許してはいない。仮に農林大臣に対し認定を求めることができるとしても前述のとおり農林大臣の認定は対外的な効果はないから認定申請に基づき当不当を検討する要はなく、なおその申請によりその認定が左右されることはない。

(ロ)  旧所有者は、農林大臣の認定がない限り、売払を求める権利はない。農地法第八十条第二項は、農林大臣は同条第一項の規定により売払い、または所管換、所属替をする土地等が、自作農創設特別措置法で買収したものであるときは、政令で定める場合を除き旧所有者に売払わなければならないと規定しているが、これは旧所有者からの買受申込があつた場合には、その者に売払わなければならないというのであつて、これとても同条第一項の規定による農林大臣の認定があつた後始めて買受申請権が認められ売払われることとなる。従つて農林大臣が管理する土地等が自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認定しない限り依然としてこれらは自作農創設の目的に供しようとして管理しているのであるから、その売払を求める権利はないといわねばならない。

結局仮に本件売渡処分が無効と判断されたとしても、その結果本件土地は単に国に帰属するにとどまり、原告は適法な買収処分によつて本件農地については、もはや何らの権利もなく、しかも耕作者の地位を安定し、自作農を広汎に創設し、土地の農業上の利用を増進するという自作農創設特別措置法の趣旨に基づき買収したものであるから、適法な売渡処分により売渡すべき筋合のものであつて、原告は何ら本件売渡処分の無効確認を求める法律上の利益はないといわねばならない。

と述べ、

被告等(兵庫県知事を除く)訴訟代理人は、被告等の被相続人枡本みわ及び被告枡本光春が元原告の所有であつた本件農地の売渡を受けたこと、その旨登記がなされたことは認める。その外の主張は全部争う。右農地は適法に買収され、且つ売渡されたものである。仮に原告主張のとおりとしても買収処分取消の事由となることはあるかも知れないが、当然買収、売渡処分を無効とするものではない。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、別紙目録記載の本件土地は元原告の所有であつたが、自作農創設特別措置法第三条の規定により西宮市農地委員会の樹立した第六次買収計画に基き、昭和二十三年二月二十一日より同年三月一日までを縦覧期間として右計画を公示した上、同年三月一日兵庫県農地委員会の承認を得て同月二日附買収令書を以つて兵庫県知事がこの土地の買収処分をし、右土地のうち一反二畝二十七歩について昭和二十三年十二月二日附の自作農創設特別措置法第十六条の規定による売渡処分を原因とする神戸地方法務局西宮出張所昭和二十六年九月十四日受付第一〇、〇八二号をもつて亡枡本みわに対し所有権取得登記がなされたこと、本件土地のうち四畝一歩については昭和三十二年十一月一日を売渡期日とする売渡通知書が被告枡本光春に対し同年十月二十九日交付されて売渡処分がなされたこと、被告兵庫県知事を除く被告等が亡枡本みわの相続人であること、は当事者間に争いのないところである。

二、原告は右神戸地方法務局西宮出張所昭和二十六年九月十四日受付第一〇、〇八二号をもつてなされた亡枡本みわに対する所有権取得登記の抹消を求め、

(一)  右売渡の前提となる本件土地の昭和二十三年三月二日附をもつてした被告兵庫県知事の買収処分が無効であると主張するが、本件原告が原告となり国を被告として提起した本件土地等についての所有権確認訴訟が第一審、控訴審、上告審においていずれも原告側の敗訴に終つたことは当事者間に争いがなく、成立に争のない乙第一号証の一、二(判決書)によれば右買収処分は当然無効ではない旨認定判示されており、この判決は確定したことが認められる。右判決が確定した以上その判決の既判力は反射的に本件当事者間にも及ぶものと云うべきであるから原告は今更に右買収処分の無効を云々することはできない。従つて買収処分の無効を前提とする売渡処分の無効の主張は理由がない。

(二)  又、右登記の原因として記載された昭和二十三年十二月二日附自作農創設特別措置法第十六条による売渡処分なるものは存在しない、(売渡処分された土地の表示は、西宮市津門飯田町十七番一反二畝二十七歩とあつて本件土地とは異なる、仮に飯田町とあるのが大塚町の誤記であるとしても一反二畝二十七歩は一反六畝二十八歩のうちの何れの部分を指すか特定していない従つて売渡処分は無効である)と主張するが、次項において判断するとおり原告は売渡処分の無効を主張する利益がない。よつて原告は被告兵庫県知事を除く被告等に対し登記の抹消を求める権利はないものといわなければならない。

三、原告は、昭和三十二年十月二十九日附を以つてなされた農地法第三十九条による被告枡本光春に対する売渡処分の無効なることの確認を求めているが、仮に、売渡処分が無効と確定されたとしても、農地の所有権は国に復帰するに過ぎず、原告には何らの影響が及ぶものではない。従つて何らの利益を受けることのない原告には訴訟によりその無効の確認を求める権利はない。原告は売渡処分の無効が確認されれば農地法第八十条の規定により旧所有者として売払を受ける利益がある旨主張するけれども、同法第八十条第二項の規定による売払は、その前提として同法第一項所定のとおり先ず農林大臣の売払う旨の認定がなされなければならない。この認定は同法施行令第十六条によりなされ、認定された土地等につき所有者は同法施行規則第五十条所定の申込書を提出し、同法第八十条第二項の処分の利益を享受することができるのであるが、本件においては右農林大臣の売払の認定がなされていないし、右認定の前提となるべき同法施行令第十六条所定の特段の事情も、所有者としての原告から売払の申込もない本件においては既に売渡処分を完了しているところより推して右認定はしない、ものと考えられる。何はともあれ農林大臣の右認定がなく且つその認定の前提となる本件にも該当しない以上同法第八十条第二項の前提を欠き如何ともなすことはできない。当然原告に売払われるものとの法解釈の立場に立つ原告の主張は採用することはできない。

四、原告は前各主張が理由あることを前提として本件土地の引渡を求めるのであるが、前認定のとおり何れも理由がないのであるからこの主張も採用することはできない。

よつて原告の請求は何れも理由なきものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 桑原勝市 米田泰邦)

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